自分が下す自分の評価と、他人が下す自分の評価が違うことって多いなあという話です。自分ではまあこんなもんでしょ、六十点と思っていたものが高く評価されてしまったり、なんなら少しコンプレックスに思うような部分を褒められたり。皆様ももしかしたら、そんな経験があるのではないでしょうか? 

 どんな話の流れだったのかはわからないんだけど、僕とキーボード越智くんとギター谷口くんでお酒を嗜んでいたんですね。サイコロ振ってゾロ目が出ると無料になる的なお店で、僕は四回チンチロして、三回ゾロ目出してご機嫌だったわけです。で、「おいちゃんって気分屋だからなあ」って谷口くんに言われまして、越智くんも「ああ、及川さんは確かに気分屋ですね」なんて同意してやがるわけです。僕は、君たちのような天然マイペース軍団の方が気分屋じゃあないのかい? なんて思ってるわけですが。因みに僕の思う僕の性格を一貫性があると思っていたので反論。「いや、気分屋じゃなくない? 気分に関係なく行動に一貫性がある方だと思うんだけど」とね。すると谷口くん。「自分のことってわからないのかなあ、おいちゃんは完全に気分屋だよ」と全く折れやがらないわけです。越智くんも「うんうん」肯いてやがる。僕は気分屋なんだろうか? という疑問が浮かんでくるわけです。いや、でも、気分屋じゃないよなあ、なんて納得のいかない顔をしてたんだろうね。色々と僕の気分屋エピソードを頂いたんですが、やっぱりあんまり納得できない感じ。何故なら、一貫性のある人間だと思っているから。

 ですが、転機が訪れたんですね。どっちがおっしゃっていたのか忘れてしまったんですが、「気分屋という性質が一貫している」と言われたら全く反論出来なかったですね。あれ、もしかして自分では気づいてないだけで気分屋なんだろうか。まあ、確かにノッてない時、僕が一番ノッってないしな。無口になっちゃうし。嫌だけど我慢出来るってだけで、本当は気分屋なのかもしれないっていう気持ちになってきた。意外と目から鱗な出来事だったんですよね。自分にしか興味ないくせに自分の事さえもよく分かっていないなんて、ね。

 で、僕は気分屋かもしれないって思って生活してみるとかなり気分屋なことが判明しました。ラーメン食べに行こうって思って、ラーメン屋の前まで来たのにやっぱやめようって思って帰ったり、温泉行こうって思って、日帰り温泉に行く準備をして出掛けたのに、混んでそうだなって思ってお風呂に入らずに帰ってきちゃったり。一週間後ご飯食べに行こうなんてお誘いを一週間後にドタキャンしたくなるかもしれないから予め断ったりしてるし。僕は相当な気分屋でした。気付かせてくれたお二人ありがとう。これからもサイコロの目の気分で生きていくよ。ご機嫌よう。